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菅野 沖彦氏に学ぶ(その2)


小型スピーカーの素晴らしさ


引き続き菅野氏の言葉から引用させてもらう・・・


 小型スピーカーならではの素晴らしい世界がある

 “一方で、小型スピーカーの現実的なメリットは、その低音再生の限界にあるとも言えます。
 スピーカーをうまく鳴らすには、部屋とスピーカーの整合をとることにかかっているので、部屋の影響をいかにコントロールするかが非常に大切なことになります。


・・・略・・・小型スピーカーは大型に比べて、もともとエネルギーも小さいし、低音も不十分ですから、部屋の影響を受けにくく、バランスのいい音を比較的簡単に得ることができると思います。 また、小さくて軽いわけですから、置き場所もかなり自由に選ぶことができるでしょう。これらは見逃せない利点だと思います。


 それから、スピーカーユニットの数が結果的に少なくてすみますから、位相特性が自然なものを作りやすく、ユニットロ径も小さいので放射特性もよい。 つまり、録音されているステレオフォニックな音場空間や広がりの情報を豊かにリスナーにもたらしてくれることも利点の一つとして挙げられるのです。 また近接して聴いても違和感がないので、狭い部屋では使いやすいことも小型ならではのメリットだと思いますね。


 ・・・略・・・私は、オーディオ機器の物としての存在感は非常に大事であるとも考えています。人間にとって形と気持ちはある意味不可分のものであり、人は具象や象徴に頼るものです。
 存在感がなければ、人はそれを大切にしない。しかし、それは単純に物の大小ではなく存在感の問題です。


・・・略・・・問題は存在の価値観ですね。
 ただ単に小型にしただけでは存在感は薄い。さらに言えば軽薄短小は最悪です。

 しかし、小さいがゆえの精綴・精密なつくりと仕上げが施されれば、小型であればあるほど素晴らしい存在感が現われてくるでしょう。

 小型化とは、精巧な綴密化であり、大雑把なことは許されないから、それを使う人の神経も非常に細やかになる。 だから私は、精綴な小型スピーカーに接すると、自ずと頭の中のスイッチが切り替わって、こちらもその精綴な世界に分け入って新しい発見をするのです。そうしたときに、大型では味わえない素晴らしい世界が現われる。


 
 ・・・略・・・オーディオは、いくら大型システムを使ったところで、オーケストラのマスの音響は得られないものなのです。
 小型スピーカーの世界を箱庭にたとえることがありますが、大型であっても大同小異、それはやっぱり箱庭なんですね。自宅で長年、大型システムを鳴らしてきた私の実感です。


 ・・・略・・・しかし、箱庭には世界があり、宇宙があると言っても過言ではありません。
 そうなるとやはりはじめの話に戻って、そこで問われるのは聴き手の「技」であり「能力」なのです。
 単純に小型であるとか大型であるとかという問題ではなくなってくるのではないでしょうか。
 だからこそオーディオは無限で素晴らしいと思うのです。“
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 先達は良いことを言うものである。  オーディオはある意味では虚構の世界。 
 いくら大型スピーカーやアンプを使っても現実の音とはなりえない。 
 もちろん近づくことは出来るが・・

 その時に必要なのは、聴き手の聴く能力を養うことである。
 演奏家の、聴いて欲しいと言うものをどこまで聴き取れるか・・・


 装置は大事である。
 しかしながら、聴く耳のほうが 一層大事なのも事実。
 また、一つオーディオの深みにはまりそうである。
by ex_comocomo | 2008-04-06 13:54 | オーディオ関連 | Comments(0)
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