ワーグナー(マゼール編):言葉のない「指環」の演奏会

NHK第1737回 定期公演 Cプログラムにて、ワーグナー(マゼール編)/言葉のない「指環」が・・

 今年の第1737回 定期公演 Cプログラム【2012年10月20日(土)】で、あのワーグナーの指輪を指揮者ロリン・マゼールが編集した、言葉のない「指環」 ~ニーベルングの指環 管弦楽曲集 が公演されるという。

 画像この 言葉のない「指環」 は、本題は【The"RING"Without Words】である。
 TELARCがマゼールにベルリンフィルとの録音を申し出たが2回断られ、3回目にOKとなったという曰く付きのものである。 CDは当時人気を博した。
 「指環」は膨大な音楽である。 とても一筋縄で聴くことが出来るようなものではない。



 私はフルトヴェングラーの1950年スカラ座のCDを保有しているが、未だ完全に聴いてはいない。
 とてもじゃないが、素人には手も足もでないのがこの「指環」である。
 そういう意味では色々なハイライト盤や、このマゼールのCDは全体を一通り理解するのには役に立つ。

 オペラにおける「聴きどころ」を演奏することは指揮者にとってサービス以外の何ものでもないだろう。
 だが、ワーグナーの作品の場合はこれも難しくなる。
 上演に4夜を要する《ニーベルングの指環》の場合、この作品の断片を聴けるのは、《ワルキューレ》の第3幕冒頭〈ワルキューレの騎行〉や《神々のたそがれ》からの〈ジークフリートのラインの旅〉〈ジークフリートの葬送行進曲〉などに限られているのが実状だ。
 今回の、言葉のない「指環」を指揮するロリン・マゼールは天才型の音楽家である。 自らがバイオリニストであったマゼールは指揮者としても非凡な才能を示す。 ベルリンフィルなど赤子の手をひねるようなもの。
 そのマゼールが1987年ベルリン・フィルから編曲の委嘱を受け取り組んだものである。
 全体は以下のように注意深く構成されている。

 1:全体は自然に、切れ目なく続いていくように。物語の筋に沿い、《ラインの黄金》の最初の音に始まり、《神々のたそがれ》の最後の音で終る。
 2:曲のつなぎ目は、和声の面からも、時間配分という面からも不自然にならないように。 曲同士のテンポの対比も、作品全体の長さと釣り合いの取れた状態に。
 3:もとの作品の、「声楽なしで」書かれた音楽はそのほとんどを使う。 歌のある部分で、欠くことのできない重要な旋律は加えるが、その箇所は、歌の旋律が他のオーケストラの楽器で重ねて演奏されていて、聴き手がその歌を「想像できる」部分か、完全に楽器で置き換える部分とする。
 4:すべての音符は、ワーグナー自身が書いたものだけに限る。

 上記のようにオペラの筋書きに沿って、その順番通りに抜き出された各部分は休みなく演奏されるのである。
 結果は以下の構成である。

 《ラインの黄金》
 ・かくして、ライン川の〈緑あやなすたそがれ〉が始まる(序奏)
 ・神々の城への歩み・ワルハラ城への神々の入城(第2場冒頭。正確には眠りから覚めたウォータンが完成したワルハラ城を妻フリッカと眺める場面)
 ・地の底へと潜ったこびとたちが鉄を鍛える(第2場から第3場への場面転換音楽)
 ・雷神ドンナーが槌(つち)を振り下ろし、喉(のど)の渇きを覚えたジークムントが這(は)いつくばりながら、(たまたま)竈(かまど)のそばにいるジークリンデに水を求める(前半は第4場幕切れ近くの同場面。後半は《ワルキューレ》第1幕の前奏曲後半およびそれに続く同場面より)

 《ワルキューレ》
 ・〈響きの暗号〉のうちに、ジークムントの愛の眼差(まなざ)しを「見る」我ら(前場面より続く)
 ・ジークムントとジークリンデの逃避行(第1幕幕切れ)
 ・ウォータンの怒り(第2幕前奏曲と幕切れ)
 ・ワルキューレ(ブリュンヒルデの妹たち)の騎行(第3幕第1場冒頭)
 ・ウォータンと、その愛する娘ブリュンヒルデとの別れ、ウォータンの別れと魔の炎の音楽(第3幕第3場後半より幕切れまで)

 《ジークフリート》
 ・ミーメの「怖れ」(第1幕第3場冒頭から前半)
 ・魔法の剣を鍛えるジークフリート(第1幕第3場幕切れ。正確には鍛えた剣の切れ味をミーメに見せる箇所。ジークフリートの歌唱部分がトロンボーンで加えられている)
 ・ジークフリート、森をさまよう、森のささやき
 ・大蛇を退治
 ・大蛇の嘆き(以上3箇所、第2幕第2場)

 《神々のたそがれ》
 ・ジークフリートとブリュンヒルデの情熱を包む朝焼け(序幕後半)
 ・ジークフリートのラインの旅(序幕から第1幕への場面転換音楽)
 ・家臣を招集するハーゲン(第2幕第3場)
 ・ジークフリートとラインの乙女たち(第3幕第1場)
 ・ジークフリートの葬送行進曲(第3幕第2場から第3場への場面転換音楽)
 ・ブリュンヒルデの自己犠牲(第3幕第3場後半から幕切れまで)

 マゼールの才能が遺憾なく発揮された本編曲は、《指環》の総まとめ的な音楽となって、初心者にも熟知した者にとっても受け容れられるような完成度を持ったものになったようだ。
 今回、編曲者自らの指揮によって聴くことが出来る人たちは幸いである。

 画像なお、ワーグナー管弦楽集には ショルティ指揮のものや 古くは クナッツパーブッシュの指揮のもの 新しいものでは ベーム指揮の CDなどがある。






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by ex_comocomo | 2012-08-23 10:43 | クラシックの楽しみ | Comments(0)
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