ジェフ・ダイヤー 「バット・ビューティフル」 村上春樹訳 この本の「BOOK」データベースには以下のように書いてある。 レスターは上官の罵声を浴び、モンクは警棒を振り下ろされ、ミンガスは破壊することをやめない。 酒、ドラッグ、哀しみの歴史に傷つき、自ら迷路をさまようミュージシャンたち。 しかし彼らの人生には、それでも美しいジャズの響きがあった―伝説的プレイヤーの姿を、想像力と自由な文体で即興変奏する、ジャズを描いた8つの物語。サマセット・モーム賞受賞作。 JAZZ好きにとっては読まざるを得ないだろう。 そんな刺激的な紹介文である。 手にとって読んでみると不思議な本だ。 まるでインタビュー記事か現実にその場面にいて見聞きしたものを書いたような内容である。 伝記のようでもあるし・・・ あとがきを読んで解った。 なるほどこういう手法があるのかと!! 更には村上春樹の翻訳の上手さがある。 相当な英語の使い手だ。 こんな翻訳が出来るなんて羨ましい。 内容は、伝説的ジャズメンの姿を、想像力と自由な文体で描いた7つの物語である。 ジャズファンなら誰でも知っている人の物語だ。 だがその内容たるや言い尽くされた伝説以上の内容である。 素晴らしい筆力である。 軍の上官に迫害されながらも、そよ風のような軽く優しいテナーの音を奏でたレスター・ヤング。 自分がやりたいと思うことを気ままにやりながら、ジャズを高度な水準にまで高めたセロニアス・モンク。 やはりモンクは天才だ。 精神病院にぶち込まれ、破滅への道を歩んでいくバド・パウエル。 お馴染みのはなしではあるが・・ 時間にルーズな男が、寂しさを身に纏いつつヨーロッパを列車で移動している。 パリ行きの列車の中である乗客が、ベン・ウェブスターに演奏を頼むと、ベンがゆっくりと演奏を始める場面がある。 「誰一人として、たとえモーツァルトやベートーヴェンを呼んで、自分のサロンで演奏をさせた王侯たちであろうと、これほど特権的で親密な音楽的体験をしたものはほかにあるまい。 なにしろベン・ウェブスターがあなた一人のために演奏しているのだ。」 信じられない風景だろう。 常に怒りを内包し(この怒りは白人に対するものからミュージシャンに対するものまで様々だが・・)、背後からベースでバンドメンバーを前に駆り出し続けたチャールズ・ミンガス。 だがミンガスもまた天才だ。 変人ミンガスが晩年に、ホワイト・ハウスで開催されたパーティーに招かれる場面は印象的だ。 「彼は車椅子に座っていた。両手も両脚も動かすことができず、自らの内に閉じ込められていた。 現存する最高のジャズ作曲者として紹介を受け、人々が一斉に立ち上がり、ミンガスに熱烈な拍手を送ったとき、彼は感きわまった。・・・大統領が飛んでいって、彼をねぎらった。」アメリカという国はこんな国なのである。 波の上に持ち上がった赤い凧のようにブルースを奏でた白人ジャズ・ミュージシャン、アート・ペパー。 アルコール中毒になってしまったアート・ペパーが刑務所の塀の中で、海辺で理想の女性と出会う場面がある。 2人がカフェで談笑していると、そこにアートの演奏する音が流れてくる。あなたが吹いているの?と尋ねる彼女に対し、アートは笑いながら答える。 「おれ以外のいったい誰が、このようにブルースを吹けるだろう?」 アートは彼女にブルースとは何かを説明する。 それは監房における次のようなフィーリングだ。 「誰か自分を待っていてくれる女がいればいいのにと彼は思う。何もかもをでたらめにしたまま、自分の人生が過ぎ去っていくことについて考えながら。すべてを変えてしまえたらと彼は願う。でもそれが叶わぬ話であることもわかっている……そいつがブルースなのさ。」 それに対して彼女はこう答える。 「こんなに傷つき、痛めつけられて、それでも…それでも…美しいわ(But beautiful)」 やがて、彼はアルトを手にして演奏を始める。 「彼の出した最初の音はあまりにもソフトだったので、それは彼の背後の打ち寄せる波の上にふっと持ち上がった。その肩越しに見える赤い凧と同じように。 彼は目を閉じたまま演奏した。暖かな空に凧が浮かんでいく様を、彼女はじっと眺めていた。」 塀の中のアートはこんな夢を見るのである。 この辺の文章は(翻訳)見事だ。 詩的でさえある。 流れるような素晴らしい文章である。 一読を薦めたい。 そしてあの愛すべきチェット・ベイカーは、愛撫するように楽器を奏でた。 7人の伝説の JAZZ Musician の話は、悲しくもまた感慨深い。 薬や酒に溺れて早く命を落とすことが多かったジャズ・ミュージシャンたちは、どうしてかくも刹那的な生き方をしたのだろう。 社会から受け入れられないことに対する反発心からか?それとも自分の音楽に対する自尊心か。 これらのジャズ・ミュージシャンたちの破滅的な生き方の魅力と美しさを、ダイヤーはフィクションを交えながら書き綴った。 ダイヤーはジャズの大ファンなのであろう。 彼はジャズについて、 「身をもって演じた批評」という言い方をしている。 演奏家自体が音楽を解釈し、演奏することで、それ自体がひとつの批評となっており、あらゆる芸術形態の中でそれをもっとも実践しているのがジャズというわけである。 「ジャズというものは、その伝統が革新と即興に根ざしているが故に、大胆に因習打破を行っているときが最も伝統的になる」 と・・・。 翻訳した村上春樹氏はあとがきの中で、 「虚実の境目のぎざぎざ感がなんともいえずリアルなのだ。」と述べているが、まさにそんな稀有なジャズ評論である。 また一人素晴らしい作家が現れた。
by ex_comocomo
| 2012-04-16 09:42
| JAZZの楽しみ
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