西洋音楽論 クラシックに狂気を聴け

 西洋音楽論 クラシックに狂気を聴け
                             森本恭正/著
  題名につられて読んでみることにした。 光文社の本の紹介には以下のように書いてある。
 画像ヨーロッパという、私達とは一万キロ以上も離れた土地に生まれ、日本に移入され、僅か百年程の間に独特の発展を遂げたのが、現在の日本のクラシック音楽である。それは既に私達の文化に深く広く根を張ったかの様に見えるけれども、その先に咲いた花の形質は、現地(ヨーロッパ)に咲いている物と、何処か違っている様に思う。今、その事の是非を問うよりも前に、何故花の色形が変わってしまったのか、違うとしたら何処がどう違うのか、そしてその違いが齎す結果とは何なのか。そうした事を一つ一つ解明してゆこうというのが、本書の試みである。 (「はじめに」より)



 だがこの紹介文では内容は伝わらない。 やはり読んでみなければ、この本の面白さは伝わらない。 曰く・・・クラシック音楽も実はアフタービート(アップビート)だ!
 これは目から鱗が落ちるような論点である。 ジャズやロックの専売特許のように言われる「アフタービート」(これは本来 アップ・ビート)が、実はクラシック音楽そのものなのだ!という見方を初めて読んだのだ。 その論評を、ヴァイオリン奏者であるハイフェッツによるバッハのパルティータの演奏を基に展開するのである。

 日本人は音楽の勉強の始めに、 「強・弱」「強・弱・弱」「強・弱・中強・弱」といったようにリズムを教えられてきたと思う。 しかしながら「アフター・ビート」が基本と言われると、確かに「弱」はただの「弱」ではなくて、「上方に」ふわっと上がる感じで演奏するということだと理解すれば納得もいくのである。

 「装飾音を勝手に入れて欲しくないために敢えて装飾音を書き入れた」というモーツァルトの楽譜の説明などは私には初耳である。 まあ、専門家の目は凄いなぁ~~~と感心もする。

 ヨーロッパ音楽とフランス革命、ロシア革命、資本資本主義などの社会的変化によって音楽がどう変容してきたか等についての文明論的な考察もある。
 「ロマン派とは、実は狂気をキーワードに読み解けるのではないか。ベートーベンの音楽の真髄をなす拍節(ビート)感覚とは何か。そもそもヨーロッパ音楽の規範ともなるビートとは何なのか。現代のポップスとバロック音楽に構造的な違いはあるのか、一体クラシック音楽とロックやジャズ音楽は何処がどのように違うのか。ヨーロッパ音楽と日本音楽との決定的な差異はなにか。」と・・刺激的でもある。

 スイングも起源はクラシック音楽にあるという。 ジャズとは「アフリカのリズムとヨーロッパ音楽のハーモニー」ではなく、「アフリカ系の作り出した、ヨーロッパ音楽には無い独特のハーモニーに、ヨーロッパの単純なスイングを組み込んだ」ものと言うのである。

 クルマとの関係についても、脳の左右差(従って言語)に基づく論旨や日本人と西洋音楽と関係にも及んで面白い。  ヨーロッパ音楽の特質に撓みがあるが、これを解釈するのに、 「ヨーロッパの信号で、赤から急に青に変わるものは無い。必ず黄色を経由して、一拍おいてから青に変わる。これが私には、運動を起こす前の撓みに感じられてならない。」と言うのである。  ヨーロッパにマニュアル・トランスミッションの車が多い理由は、「アクセルを踏み込む前に、ブレーキから足を離しクラッチを繋ぐ。 この一連の動作が撓みに相当すると言えないだろうか。 そもそも自動車の設計思想に、この撓みが含まれているとは言えないだろうか。 そして、撓むことなく、赤から青への急な発進は、ヨーロッパ人の身体生理には馴染まないのではなかろうか。 EU圏内では、一説には約9割がマニュアル車だという。その理由として『運転の楽しさ』等を挙げる前に、先ず彼らはこの撓みがある故にマニュアル車を選択していると思うのだが。」というのだ。 

 さらには君が代では行進が出来ないことも挙げてある。 各国の国歌が行進曲風なのに(軍隊の行進用である)君が代では行進は出来ない。 なるほど~~~

 この本に書いてあることが必ずしも正しいとは限らないだろうが、「意外さ」と「強引さ」を持った文章には引きずり込まれる。  音楽の専門でない音楽ファンにはお薦めの本である。 


目次

 第一章 本当はアフタービートだったクラシック音楽
  ウィーン郊外のスタジオで
    波形データ
  行進曲は左足で踏み出す
    ワルシャワでの対話
    東京での異体験
  ベートーヴェンが聴くロック音楽
    再びワルシャワにて
    運命のビート
 
 第二章 革命と音楽
  フランス革命とコンセルヴァトワール
  装飾のパラドックス----モーツァルトの場合
  狂気のクラシック音楽
    ロマンティック
    ヴァイオリニストの部屋
  十二音音楽とロシア革命
    調性音楽と階級
    奇妙な連関
    路面電車で
    インドのモーツァルト
 禁止される音----当局が真に恐れたもの
    歪む音楽
    当局が恐れたもの
    狂気を見据える

 第三章 撓(たわ)む音楽
  古武術のようにヴァイオリンは弾けない
  スウィングしないクラシックなんて有り得ない
    指揮者の仕事
    指揮者の居ない風景

 第四章 音楽の右左
   カタカナの功罪
   左利きに音楽はできない------筈はない
   世界で唯一タンギングをしない国・日本
   邦楽器は何を語るのか
   饒舌なヨーロッパの音楽
     旋律
     現代音楽

 第五章 クラシック音楽の行方
    クラシック音楽は-----多分----死なない
    音楽家への提言
      譜面の選択
      もう一つの外国語
      現代の視点から過去を見ない
      ディジタルに諍(あらが)う

 第六章 音楽と政治
    未来への暗示
    君が代を歌って-----
by ex_comocomo | 2012-01-29 10:51 | クラシックの楽しみ | Comments(1)
Commented by 森本 恭正 at 2017-12-01 12:09 x
初めまして。西洋音楽論を書いた本人です。拙著をとりあげてくださり、ありがとうございました。心より御礼申し上げます。
ところで、2017年12月22日(金)19:00より「聖夜の詩」と題したコンサートを開きます。入場料3000円。仙川フィックスホール(京王線仙川駅下車5分)です。
私がヨーロッパで25年の間に恐らく100回くらいは行ったコンサートから漏れた作品を集め(いくつかは、ヴァイオリン作品としてあらたに編曲し)
それらを中心に演奏します。演奏は国際的に活躍するヴァイオリニスト糸井マキ氏。ピアノは私が弾きます。もし、お時間が許せば、是非いらしてください。
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